担当を名乗ること(2)

はぎやたんを名乗ることを、ちょっとおやすみします。

 

暗くなりそうなので、もしこの先を読んでくれる人がいたら、電気をつけて明るいところで、甘い飲み物かさっぱりするご飯か手の止まらないおつまみなんかと共に、へ〜〜〜〜くらいの気持ちで読み進めてください⸜( ⌓̈ )⸝⸜( ⌓̈ )⸝⸜( ⌓̈ )⸝←こんな顔で

 

 

先日、担当とは何かについて考え始め、ブログを書きましたが、それとはまた別です。

つまりはぎやたんを名乗らないからといって、いわゆる担降りをする(新しい担当を決めた)というわけでもないし、萩ちゃんのことが嫌いになったわけでももちろんないです。これからもちゃんと萩ちゃんのことは可愛がります。でも、ちょっといまは負の感情に押し負かされそうで名乗れなくなりました。

 

それはたぶん、欲深くなったから。ずっとお茶の間でいればこうはならなかったのかなあ。あ〜Love-tuneが活躍してくれるばっかりに!現場に行けるようになったばっかりに!まさかこんな感情を持つとは!

 

わたしはわたしなりにルールを決めていて、それを守って行動しているのだから、行けない現場を羨ましく思いすぎてはいけないと言い聞かせているのだけれど、やっぱり何回もいろんなところに足を運んで詳細なレポをあげる人を見ると「この人はいま萩ちゃんのためだけ(とは限らないかもだけど)に動いて、萩ちゃんだけをひたすらひたむきに見つめて、幸せを得ているんだなあ(まあこれは別に萩谷担に限った話ではないです)」と羨ましくなってばかりいる自分がとても嫌で、文字にすれば多少美しいけれど、ほんとのところTwitterを上下に何度もスクロールさせてるそんな現実で、なんだか考えることに疲れてしまうんです。誰も悪くないのにね。

 

担当の定義が多様であるように、担当だからすることしないことの定義も多様であるわけだし、担当を名乗らない理由だってそれこそ人それぞれにあると思うんです。わたしはいま、萩ちゃんのことは好きだけど「はぎやたんを名乗る自分のことを愛せるか」と問われたとき、答えに窮してしまいます。なのでおやすみすることにしました。

 

何度も言うけどLove-tuneも萩ちゃんもこれからも応援するし彼らのことを好きだと声に出します。こんなの、ずるくて生意気な選択かもしれない(もしフォロワーさんでこれを読んで合わないなと思った方がいらしたら、そのときはそのとき、対応はお任せいたします)。おやすみするから担降りでもないし元担という扱いをするわけでもないです。ジャニアイもZeppも湾岸(仮)も行きます。湾岸はこれから当落だけど。

 

ちょっとだけスタンスを変えて、無理しないで楽しくいこうと思って書きました。週末に、やっとLove-tuneEX単独ライブの感想を書いたファンレターを投函してきました。一区切りです。おしまい。